�ｧ千代の両の眼は只ひたすらに遠くを見据えていた。
その先に己の姿はない。稲姫は視線の先を見つめて思った。
美しく誇り高きその身体は孤高の獣の様に、少なくとも稲姫にはそう見えた。

(たちばなさま、あなたは、ああ。)
 稲姫は理解していた。�ｧ千代の眼が己を映すことなどないということを。美しき獣は孤高なのだ。

「たちばな、さま、」
「稲もけものになりたい。あなたのような、強く、美しい」
稲姫は願う。ただ共にありたい。

「おまえは立花にはなれない」
まるで幼な児を諭すように�ｧ千代は言った。
優しい、優しい、おんなの、声。

「たちばなさま、稲は、」
「稲姫」
「泣くなよ、稲姫」
稲姫は泣いていた。それは涙も、嗚咽すらも漏らさないものであったが稲姫は確かに泣いていたのだ。

(ああ、稲はどうしてこんなにも)
(そして、あなたは、)

「たちばなさま、なかないでください」
�ｧ千代はないていた。それは涙も、吠声すらも伴わないものだったが�ｧ千代は確かにないていたのだ。

「立花さま、(おしたいしているのです)」

喉の奥に留まった叫声は、しかし実際には帰らぬ母を待つ弱々しい幼な児のような声にしかならなかった。



�ｧ千代の両の眼は只ひたすらに遠くを見据えていた。
稲姫にはその先にあるものが何かは解らなかったがその眼に己は映らないということは知っていた。



(わたしたちは、)